東京地方裁判所 昭和36年(ワ)6625号 判決 1962年10月31日
判 決
昭和三六年(ワ)第六、六二五号原告
同年(ワ)第四、五七三号被告
足立興業株式会社
右代表者代表取締役
足立進
右訴訟代理人弁護士
芦苅直巳
石川悌二
阿部昭吾
久保恭孝
昭和三六年第六、六二五号被告
同年(ワ)第四、五七三号原告
株式会社キャップシュールデラックス
右代表者代表取締役
高根梅子
右訴訟代理人弁護士
鈴木半次郎
右補佐人弁理士
竹沢荘一
右当事者間の昭和三六年(ワ)第六、六二五号実用新案侵害停止ならびに損害賠償請求および同年(ワ)第四、五七三号登録実用新案の権利範囲に属しないことの確認又は先使用による実用新案の通常実施権確認請求事件について、当裁判所は、併合審理のうえ、次のとおり判決する。
主文
一 昭和三六年(ワ)第六、六二五号事件について。
原告の請求は、棄却する。
二 昭和三六年(ワ)第四、五七三号事件について。
(一) 原告の第一次の請求は、棄却する。
(二) 原告が別紙第一および第二目録記載の構造のキャップシュールの製造販売について、被告の有する実用新案登録第四〇八、三〇七号の実用新案権に対する先使用による通常実施権を有することを確認する。
三 訴訟費用は両事件を通じて、鑑定人佐藤宗徳に支給した分を昭和三十六年(ワ)第六、六二五号事件被告(同年(ワ)第四、五七三号事件原告)の負担とし、その余を同年(ワ)第六、六二五号事件原告(同年(ワ)第四、五七三号事件被告)の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
昭和三六年(ワ)第六、六二五号事件について。
原告訴訟代理人は、「一、被告は、別紙第一および第二目録記載の構造のキャップシュールの製造および販売をしてはならない。二、被告は、前項記載のキャップシュールを廃棄せよ。三、被告は、原告に対し、金八百万円およびこれに対する昭和三十六年九月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。四、訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
昭和三六年(ワ)第四、五七三号事件について。
原告訴訟代理人は、「一、第一次の請求として、原告が製造販売している別紙第一および第二目録記載の構造のキャップシュールは、被告の有する実用新案登録第四〇八三〇七号の実用新案権の権利範囲に属しないことを確認する。二、予備的請求として、主文第二項の(二)と同趣旨ならびに「三、訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求は、いずれも棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 当事者の主張
昭和三六年(ワ)第四、五七三号事件について。
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。
(実用新案権)
一 原告は、次の実用新案権の権利者である。
名 称 金属板製キャップシール
出 願 昭和二十七年四月十六日
公 告 昭和二十八年七月六日
登 録 同年十二月三日
登録番号 第四〇八、三〇七号
(登録請求の範囲)
二 本件実用新案の願書に添付した明細書によれば、その登録請求の範囲の記載は、別紙第三図面記載のように(一)薄い金属板をもつて、いくぶん頭截円錐状を呈するように形成した箇形主体1の上端部を。やや内側折り曲げて、ここに折込み環状壁2を設け、これにより筒形主体1の上端部を二重壁とし、(二)主体1と環状壁2との間に、間隙溝3を形成するようにした金属板製キャプシールの構造とされている。
(作用効果)
三 前記構造による作用効果は、次のとおりである。
(一)の構造は、
(1) まず、顛倒コップ状のキャップシュールに比較すると、頂壁を欠く形状とすることにより、壜詰品の王冠栓の上壁面はそのまま露出されていることになるから、包装作業や運搬途中における荷扱いにおいて、キャップシュールの頂面を損傷することがなくなり、
(2) 頂壁を除去した部分だけ材料の節約となり、
(3) 内側折込み環状壁2があるので、キャプシュールを壜頭部に被嵌するとき、王冠栓をした外側に嵌合するが、この環状壁2の部分が王冠側面に当るから、これによつてキャップシュールは必要以上に降下することなく、
(4) また、キャップシュール上端部が二重壁となつているから、締付けののちは、この部分は圧接重合されるから、比較的損傷のうれいの多い上端部の構成を堅牢にすることができるし、
(二)の構造は、
キャップシュールを壜頭部に被嵌するとき、環状壁2の部分が王冠側面に当ることになり、環状壁2と主体1との間に間隙溝3があるから、王冠栓6の外径に多少の狂いがあつても、嵌合キャップシュールが王冠栓の下方に抜け落ちるような心配はなく、常に定位置に嵌合停止させることができて、その締付けを常に一定にしておくことができる。
(被告の実施品の構造)
四 被告は、別紙第一、第二目録記載の構造のキャップシュールを製造販売しているが、そのうち、第一目録記載のキャップシュールは、同図面記載のように、
(一) 地紙状に切截した主体1′の上端部を折伏して主体1′に接着させて周縁2′とし、
(二) この周縁2′を内側にして幾分頭截円錐状をなすように主体1′の両端を接着させた。
金属箔製キャップシュールである。
また、第二目録記載のキャップシュールは、同図面記載のように、第一目録記載のキャップシュールの筒状主体1′の上端部を菊辨状として折伏しているほかは同一の構造を有する。
したがつて、折伏した周縁2′は円筒主体1′の内側において環状壁を形成する。
(比較)
五 これを本件実用新案の構造と比較するに、主体と環状壁との間に間隙を設けている点と、これを設けることなく環状壁と筒形主体とを接着している点に相違点が見られるほか第二目録記載のキャップシュールは、折り曲げた環状壁の部分が菊辨状をしている点が相違している。
しかしながら、錫箔、アルミニューム等の薄金属板をもつて構成する壜頭用キャップシュールにおいては、前記間隙溝を設けても、また、これを設けることなく環状壁と筒形主体とを接着しても、ともに、その口辺を強化し、その材料は薄金属板であるから、これを栓または王冠栓を嵌着した壜頭部に被着するときは、よくこれになじみ、圧接重合することができるから、この点は単に構造上の微差にすぎず、両者は、全体的構造、作用効果の点において、互いに類似し、第一、第二目録記載の物件は本考案の技術的範囲に属する。
また、第二目録記載のキャップシュールの環状壁の部分の形状が菊辨状をしているといつても、このような点は設計上の微差にすぎないから、もとより本考案と同一の技術的範囲に属する。
(権利侵害による損害)
六 被告は、第一および第二目録記載の物件が原告の実用新案権を侵害するものであることを知り、または、知ることができたにもかかわらず、過失によつてこれを知らないで、これを製造販売したものであり、被告が昭和三十三年九月一日から昭和三十四年八月末日までに製造販売した数量は、少くとも四千万箇であり、しかも、当時の一箇当りの利益額は少くとも金二十銭であるから、被告は右期間中少くとも金八百万円の利益を挙げたものである。しかして、原告は、被告の侵害行為がなかつたならば、その製造販売した数量に対応する数量の販売高を挙げることができた筈であつたにかかわらず、被告の侵害行為により、これを挙げることができなかつたのであるから、原告は、右期間中被告の侵害行為により、少くとも、金八百万円の得べかりし利益を喪失したのである。
七 よつて、原告は、被告に対し、別紙第一および第二目録記載の構造のキャップシュールの製造販売の停止ならびに右物件の廃棄を求めるとともに、前記金八百万円およびこれに対する不法行為の後である昭和三十六年九月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(抗弁に対する答弁)
八 被告の抗弁事実中被告会社設立の日が被告主張のとおりであることは認めるが、被告が有限会社高根研究所の営業一切を引きついだことは不知、その余の事実は否認する。
なお、被告は、原告が昭和二十六年から昭和二十七年にかけ、本件登録出願にかかるキャップシュールの使用につき種々試作検討を重ねていた段階において、その情報が他に洩れ、被告は、その示唆により、第一および第二目録記載のキャップシュールの製作を始めたものである。
被告訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。
(答弁)
一 原告主張の請求原因第一項から第四項の事実は、すべて認める。同じく第五項の事実中、両者の相違点が原告主張のとおりであることは認めるが、両者が同一考案に属することは否認する。同じく第六項の事実中、原告主張の期間、被告の製造販売した数量が四千万箇であることは、認めるが、その余は否認する。もつとも、一箇当りの利益額は金四銭の限度において認める。
被告の製造販売しているキャップシュールが、別紙第一および第二目録記載の構造であることは、原告主張のとおりであるが、原告の有する第四〇八、三〇七号登録実用新案の考案の主要部は頂壁を欠くところにあるのではなく、環状壁と筒形主体との間に間隙溝を設けた点にあるものである。
すなわち、頂壁を欠くキャップシュールは、すでに本考案が出願される前から公知に属するところである。たとえば、大正十三年実用新案出願公告第一〇二四号公報昭和十二年実用新案出願公告第九二五一号公報、昭和十一年意匠登録第六九七五〇号公報および昭和二十七年意匠登録第九七四七五号類似の一号公報等には、すでにこのようなキャップシュールの構造が記載されている。また簿金属板の一縁部を内側に折り込んで密着重合させることは、その部分の補強と原形保持を図かるとともに、截断線の不整による不体裁および危険を防止するためのもので、このような方法をとることは、一般板金加工、とくに、簿板加工における常套手段であり、これらの点には何らの新規性はないが、本考案においては、前記間隙溝が形成されているから、キャップシュールを壜頭部に被冠したとき、環状壁の部分は王冠壁に当り、それがため、キャップシュールの必要以上の降下を抑止し、かつ、王冠栓の外径に多少の狂いがあつても、キュップシュールが王冠栓の下方に抜け落ちるようなことはなく、常に定位置に停止しうるようにしたところに本考案の主要部があるのである。
しかるに、被告の実施品においては、右のような間隙溝が形成されていないから、右作用効果は全く期待することができず、したがつて、被告の実施品は、本件登録実用新案の技術的範囲に属するものではない。
(抗弁)
二 仮に、被告の実施品が原告の有する実用新案権に抵触するとしても、被告は、先使用による通常実施権を有するものである。
すなわち、被告は、昭和二十七年三月六日設立された株式会社であるが、有限会社高根研究所の営業一切を引きつぎ、原告の有する実用新案出願の日である昭和二十七年四月十六日当時においては、すでに本件物件を、善意で事業設備を有して、その製造販売していた。
昭和三六年(ワ)第六、六二五号事件について。
原告訴訟代理人は、請求の原因として、さきに昭和三六年(ワ)第四、五七三号事件における答弁及び抗弁として述べたとおり、原告の実施品は、本件実用新案権の権利範囲に属せず、かりに、それが権利範囲に属するとしても、原告は、先使用による通常実施権を有するので、原告は、第一次に、原告の実施品が本件実用新案の権利範囲に属しないことの確認を求め、予備的に、原告が右実用新案権につき、先使用による通常実施権を有することの確認を求める。と述べ、被告訴訟代理人は、原告主張事実は、そのうち原告会社設立の日の点は認めるが、その他は、すべて否認する、と述べた。
第三 証拠関係<省略>
理由
(争いのない事実)
一 原告がその主張の「金属板製キャプシール」に関する実用新案権者であること、被告が別紙第一および第二目録記載の構造のキャップシュールを製造販売していること、右登録実用新案の登録請求の範囲の記載、および、その作用効果、被告の実施品の構造、ならびに、本件登録実用新案のキッップシュールの構造と被告の実施品との間の相違点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(権利範囲に属するかどうかについて)
二 前掲当事者間に争いのない本件登録実用新案の願書添付の明細書記載の登録請求の範囲、ならびに、本件登録実用新案にかかるキャップシュールおよび被告の実施品の各構造、成立に争いのない甲第一号証、鑑定人佐藤宗徳の鑑定の結果を総合すると、次のことが認められる。すなわち、
(一) 本件登録実用新案(以下甲という。)の構成要件は、別紙第三図面記載のように、
(イ) 薄い金属板をもつて、幾分頭截円錐状を呈するよう筒形主体1を形成したこと。
(ロ) この筒形主体1の上端部をやや内側に折り曲げて、ここに折り込み環状壁2を設け、これにより筒形主体1の上端部を二重壁としたこと。
(ハ) 主体1と環状壁2の間に間隙溝3を形成したこと。
の三点からなるものであること。
(二) 別紙第一目録記載の物件(以下乙という。)は、同目録添付図面記載のように、
(イ) 金属箔をもつて、幾分頭截円錐状を呈するよう筒状主体1′を形成したこと。
(ロ) この筒状主体1′の上端部を内側に折り曲げて、ここに環状壁2′を設けることにより、筒状主体1′の上端部を二重壁としたこと。
(ハ) 右環状壁2′を筒状主体1′の内側に密着重合させたことからなる金属箔製キャップシュールであること。
(三) これを甲の構成要件と比較すると、
(い) 甲の(イ)と乙の(イ)とは、薄い金属板または金属箔をもつて幾分頭截円錐状を呈するよう筒状主体を形成した点において、構造上、両者はく全一致しており、作用効果の点においても、甲の(イ)におけるキャップシュールには頂壁がないことから、この部分が破損して体裁が悪くなるということがなく、また、材料の節約ともなるという点は、乙の(イ)においても全く同一であること。
(ろ) 甲の(ロ)と乙の(ロ)とでは、筒状主体の上端部を内側に折り曲げ、ここに折り込み環状壁を設けることにより、主体の上端部を二重壁とした点において、両者全く一致し、甲の(ロ)のキャップシュールの上端部が二重壁となつているから、この部分が堅牢であるという作用効果は乙の(ロ)においても全く同一であること。
(は) 甲の(ハ)と乙の(ハ)とでは、乙が環状壁2′を主体1′の内側に密着重合させたのに対し、甲は主体1と環状壁2の間に間隙溝3を形成した点で相違するが、甲においては、この点に関する作用効果として明細書に記載されたところによれば、「間隙溝3を形したため、環状壁の内径が少さくなり、王冠栓6の外径に多少の狂いがあつても、嵌合キャップシュールが王冠栓の下方に抜け落ちない。」とされているが、キャップシュールが円錐状であれば、上端部の内径は下部のそれより小さくなつているのは当然のことであり、それだけキャップシュールの抜け落ち防止ができるのであるから、とくに間隙溝3を設けたための前記作用効果は、さ程重要ではなく、むしろこれは補強の意味が主であり、抜け落ちないということは、補強されたことに附随する従的な作用効果にすぎない。乙においては、環状壁2′が主体1′に密着しているが、この点については、主体が円錐状であるから主体の上縁部ほど直径が少さくなり、したがつて、これを主体内側に折り曲げた場合、完全に密着重合の状態に形成し難いが、甲において間隙溝を設けて折り曲げた場合においても、若干の間隙が生ずるのである。また、使用状態をみるに、キャップシュールの装着前の状態では、両者は多少異るとしても、装着後においては、両者は全く差異はない。したがつて、甲の(ハ)の点と乙の(ハ)の点との差異は作用効果の点においても格別の差異をもたらすものではなく、単なる構造上の微差というべきであること、
が認定でき、これらの事実によれば、乙は甲の構成要件と一致し、これを具備するものであるから、乙は甲の技術的範囲に属するものといわざるをえない。
また、別紙第二目録記載の物件も、右乙に比して環状壁の端末を菊花辨状に形成した点が附加されているのみで、他は全く同一であるから、右乙と同一理由によつて甲の構成要件を具備するものであり、甲の技術的範囲に属するものと認められる。
被告は、本件登録実用新案の主要部は、環状壁と筒形主体との間に間隙溝を設けた点にあり、これを欠く被告の実施品は、本件登録実用新案のキャップシュールの技術範囲に属するものではない、と主張するが、前説示の理由から、被告の主張は採用し難く、他に右認定を左右するに足る資料はない。
(先使用による実施権の有無について)
三 (証拠――省略)を総合すると、高根藤雄の一家は、古く、その先代の当時から、個人企業として一般キャップシュールの製造販売をしてきたものであり、父の業を継いだ高根藤雄もキャップシュールの改良に意を注ぎ、昭和十年三月十六日には、ぴん冠帽を指定商品として、逆扇状のものを丸めて円錐状とし、周囲にトランプ模様を現わした天頂抜きのぴん冠帽の形状および模様の結合を登録請求の範囲とする意匠登録の出願をし、昭和十一年二月十八日右意匠が登録となつたもので、その当時から、高根藤雄は、扇形の鉄製打ち抜き型を使用して、アルミ箔またはアルミ箔紙を木槌で打ち抜き、この打ち抜いたものの側面を張りつけてこれを円錐状に形成し、天頂の上縁截断線の均整をとるため、これを内側に折り曲げ、次に、これを差し込み棒をもつて張りつけ型の凹部に差し込み成形し、この成形したものの中に、ならし棒を差し込み、厚紙の上で転がして上部を密着重合させる構造のキャップシュールを考案し、これを主として清涼飲料業界に販売していたこと、昭和十五年十月十四日、高根藤雄は、その一族をもつて、機械器具の設計等を目的とする亜細亜工業有限会社を設立するとともに、その後は同会社において機械類の製作のほか、右天頂のないものをも含めて各種キャップシュールを製作していたが、大平洋戦争の進展とともに、金属類の統制が巌しくなり、遂には、金属製キャップシュール全般の製造を中止せざるをえなくなつたが、高根藤雄は戦後右会社においてキャップシュールの製造を再開することとし、昭和二十三、四年ごろから天頂を抜いたものを除く一般キャップシュールの製造に着手し、昭和二十六年秋ごろからは、右会社の工場敷地内の自宅の一室において、前記打ち抜き型、木槌、ならし棒等の工具を使用して第一目録記載のキャップシュールの試作に乗り出すとともに、まず手始めとして、得意先に配付するための商品見本を製造し、同年暮ころから会社の従業員等をしてその販売に従事させたこと、その結果、昭和二十七年末ごろには、この種キャップシュールの大量の注文を受けるに至つたこと、なお、前記亜細亜工業有限会社は、その後、再三の商号変更により、高根藤雄が戦後第一目録記載のキャップシュールの製造を再開した当時は、有限会社キャプシュールデルックスといつていたが、さらに、同会社は昭和二十七年二月二十九日商号を有限会社高根研究所と変更し、その当時右会社に労働争議が発生する気配があつたので、高根藤雄は同年三月六日被告である株式会社キャプシュールデルックス(後に商号変更により現商号となる。)を新らたに設立し、(被告会社設立の日は、当事者間に争いがない。)
みずから被告会社の代表取締役に就任するとともに、被告は同月三十一日ごろ、右有限会社高根研究所の営業全部を譲り受けたことを認めうべく、(中略)他にこれを左右するに足る証拠はない。もつとも、前記乙第五号証の四(財産目録)は、証人(省略)の証言によれば、前記乙第五号証の一(譲渡契約書)とは別に、右認定の営業譲渡のされた後に作成されたものではないかとの疑がないではないが、仮に、何らかの理由により後日作成されたとしても、その一事をもつて、右財産目録記載の天頂のないキャップシュールの製造に用いた工具が右営業譲渡の当時存しなかつたものとは認めることはできない。
しかして、右認定の事実によれば、被告は、本件実用新案登録出願がされた日であること当事者間に争いのない昭和二十七年四月十六日当時、現に善意に、国内において、本件登録実用新案にかかる考案の実施の事業をし、かつ、事業設備を有していたものというべきである。したがつて、被告は第一目録記載のキャップシュールの製造販売につき、本件実用新案権に対する先使用による通常実施権を有するものというべきである。
しかして、また、被告が第二目録記載のキャップシュールを製造販売していることは当事者間に争いがなく、被告会社代表者高根藤雄の供述によれば、被告が右キャップシュールの製造販売を始めたのは、本件実用新案登録出願の後である昭和三十年以降であることが認められるが、右キャップシュールの構造は、別紙第一目録記載のそれと比較して、単に環状壁の端末を菊花辨状に形成した点が附加されているのみで、同一の技術的範囲に属するものであることは、前に説示したところから明らかであるから、被告は第二目録記載のキャップシュールについても、また、先使用による通常実施権を有するものというべきである。
(権利範囲に属しないことの確認を求める訴の適否について)
四 原告は、被告の求める別紙第一、第二目録記載の構造のキャップシュールが本件実用新案権の権利範囲に属しないことの確認の訴(昭和三十六年(ワ)第四、五七三号)は、事実の確認を求めるもので、権利または法律関係そのものを訴訟物とするものではないから不適法である、と主張する。
しかして、権利範囲に属しないことの確認請求は、これをある技術的思想の表現である考案が登録実用新案の技術的範囲に含まれるかどうか、換言すれば、具体的事実との間の関係において、実用新案権の目的である技術的思想の表現である考案の技術的範囲の及ぶ限界を科学的技術的に確認するものであることに重点を置いて考察すれば、あるいは、権利または法律関係そのものを確認の対象とするものでなく、単なる事実の確認にすぎないとの見解も成り立ちうるであろうが、登録実用新案の制度は、いうまでもなく、一定の内容を有する考案について、独占的支配を内容とする権利を付与し、これを保護しようとするものであり、この機能に基き種々の法律関係が生ずることも、また、いうまでもないところである。
したがつて、ある種の技術的考案が特定の登録実用新案の権利範囲に含まれるかどうかの判断は、単にこれが考案の思想上、科学的に同一範疇に属するかどうかという事実関係の判断のほかに、これを基礎として、権利の効力の及ぶ範囲、すなわち、具体的事実に対する特定の実用新案権の効力範囲を定めるものであり、その意味において、法律的価値判断であると解するのが相当である。また、ある種の技術的思想の表現である考案が実用新案権の技術的範囲に属するものとすれば、右考案者は、法律上、実用新案権者から、右考案の実施の差止請求を受ける地位にあることになるのであるから、権利範囲に属しないことの確認を求める趣旨は、実施的には実用新案権者に対し、自己の考案の実施は、これを停止すべき義務のないことの確認を求める趣旨と解すべきであり、これらの点よりすれば、いわゆる権利範囲に属しないことの確認は単なる事実の確認を越えて、これに基く法律関係の確認にほかならないと解するを相当とし、これと見解を異にする原告の前示主張は、当裁判所の、にわかに、賛同し難いところである。
(むすび)
五 以上説示のとおりであるから、昭和三十六年(ワ)第六、六二五号事件につき、被告に対し、本件実用新案権に基き、別紙第一、第二目録記載の構造のキャップシュールの製造販売の停止、右キャップシュールの廃棄および権利侵害を理由に損害の賠償を求める原告の請求は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないものというべく、また、昭和三十六年(ワ)第四、五七三号事件につき、被告の製造販売する第一、第二目録記載の構造のキャップシュールは原告の有する実用新案権の権利範囲に属しないことの確認を求める第一次の請求は、理由がないから、いずれも、これを棄却すべきであるが、後者につき、被告が第一、第二目録記載の構造のキャップシュールの製造販売について、本件実用新案権に対する先使用による通常実施権を有することの確認を求める被告の請求は、理由があるものということができる。
よつて、被告の請求を右の限度で認容することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二十九部
裁判長裁判官 三 宅 正 雄
裁判官 米 原 克 彦
裁判官 白 川 芳 澄
第一、二目録≪省略≫